今日はちょっと不思議なお話です。
4月16日に発売された『1Q84』の第3巻を購入した時のこと。
私にはシンクロが多いのですが
この本は30年前に亡くなった祖母が
父に読ませたかったのだな
と感じた出来事です。
まず話は2ヶ月ほど前
3月のはじめ頃にさかのぼります。
その日の午前中、テレビのCMで流れていた
ベートーベンの「悲愴」が気になり
何度も聴いていました。
そして午後、病院に行くために隣町へ。
その町には昔、祖母の家があり
小さい頃から毎週遊びに行っていたし
高校もその町
就職して初めて配属された支店もその町
という私にはとても縁のある場所です。
実際、その街に行って細い路地などを見ると
なんともいえない懐かしさにつつまれるのです。
さて、病院が混んでいて
待ち時間か1時間はありそうでしたので
散歩がてら本屋さんに行くことに。
ところが、途中で
亡くなった祖母に呼ばれるように
祖母の家があった場所に足が向いてしまいました。
何十年ぶりに行ったのに
細い路地を間違えることもなく到着。
マンションが建ってしまったと思っていたその場所に
祖母の家がぽつんとそのまま残されていました。
小さい頃よく手紙を出していたので
住所も記憶しているのですが
「○○町 1-6-6」と
ちゃんと書いてありました。
間違いなく祖母の家。
とはいえ、築70年か80年になる
小さい木造の長屋が
大きなマンションにはさまれて
1軒だけ残っているものでしょうか。
母には幻でも見たんじゃないの?と言われました。
考えてみたら祖母の命日の数日後だったんですね。
その場にしばらくたたずんで
「おばあちゃん、来たよ。」と話をしてから
本屋さんに向かったのですが
そこで流れてきたのが
午前中何度も聴いていた「悲愴」。
ああ、祖母が喜んでくれたのだな、としみじみ。
そして流れてきたアナウンス。
「村上春樹の『1Q84』。
待望の3巻が4月16日に発売になります。
お早めにご予約ください。」と。
そっか、3巻が出るのか、と思いましたが
家の近くではないので予約はせず
病院に戻ることに。
そして4月16日
いつもなら土曜日に車で病院に行くのに
なぜか会社帰りに途中下車をして病院へ。
診察が終わり、駅までの長い道のりを歩いていると
途中にあの時の本屋さんが。
どしゃぶりの雨のなかを
わざわざ反対方向に道を渡って本屋さんに行ってみると
『1Q84』があと数冊残っていました。
あ、今日が発売日だったんだ
と思い1冊手に取りレジへ。
普段なら重い本をわざわざ遠くで買って
持ち帰ったりしないのに。
あとでふと1ヶ月前のことを思い出したら
祖母に呼ばれたときから
全てつながっていることに気付き
家に帰ると父が『1Q84』を読みたいと話題にしていたので
ああ、これは祖母からのメッセージだと思い
1~3巻まで父に渡しました。
実は私の本好きは
大嫌いなはずの父からの遺伝です。
活字中毒の父ですが
村上春樹は読者を選ぶというか
好みがあると思ったので
推理小説や山崎豊子が好きな父には
今まで薦めることはありませんでした。
「こうであったかもしれない」過去が
その暗い鏡に浮かび上がらせるのは
「そうではなかったかもしれない」現在の姿だ。
と1Q84のキャッチコピーにありますが
過去にこうしていれば
現在はこうだったのではないか
ということは私が常々考えてしまうことなのです。
ただこの1年
ツインソウルに出逢う直前から今まで
こうしていればよかった、と後悔することなく
過ごしてきました。
それはいつもツインの彼が
私をしっかり見ていてくれたおかげです。
一気に読んでしまった父は
亡くなった母親からどんなメッセージを受け取ったのか。
スピリチュアルを全く信じない父には
この話はしていないのですが。
そのメッセージを知るために
もったいなくてまだ読んでいなかった『1Q84』を
私もこれから読んでみようと思います。
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妊娠初期のめまい

