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3月末に4回目の離婚調停がありました。

私はいつも話すスピードが遅いのですが

今回はいつもの2倍速で話し

言いたいことをはっきり言ったつもりです。

いつもは口うるさい書記官も無言で聞いていました。

 

私としては子どもとの面接の回数や養育費、慰謝料の金額を

譲れるところまで譲って話したのですが

案の定、相手の言い分はますますひどくなるばかり。

 

手書きのラブレターと、面接、養育費について

詳しく書かれた紙をわたされました。

 

<子どもとの面会に関すること>


・自分が契約した携帯電話を持たせ毎日子供と会話をする


・毎月4週目(給料日後)は観光地へ 9時~19時(帰宅時間変動あり)

 

・2週目は9時~13時まで 公園やプール

 

・1,3,5週目は9時~11時 ショッピングセンター

 

・子供や自分の誕生日、クリスマス、参観日、運動会などの行事には必ず参加する。


・春、冬休み 1泊2日の旅行

 夏休み   3泊~5泊の旅行

 

☆同居している貴女方では得られがたい

 会話、遊び、相談をし、勇気付けたり、ほめたり、しかったり

 してはいけないことなどの諸処の悩みの解決

 人間関係の大切さ、社会のルールを教えたいと思っています。

 

 (→DVする人が何を言ってるのでしょうか・・・。)

 

☆長、短期間を問わず旅行をして、色々な体験、ふれあいなどをさせ、

 物事を多面的に見る人間になるよう、情操教育をしたいと考えています。

 

普通の父親なら、こんな綿密な遊びの計画など立てずに

子どもが何歳になると、いくらくらいのお金がかかる

ということを考えるのではないでしょうか。

 

☆養育費は極力支払いますがなるべく少なめに。

 児童扶養手当、子供手当、lizaの給料でまかなってください。

 払えない分は50歳で一度退職する時にもらえる退職金で払います。

 

などなど。

 

 

何か内容について意見はありますか?と聞かれましたが

もうあれこれ検討する気にもなれず

もともと今回がだめなら裁判にしようと考えていたので

これで調停を終わりにしてください、とお願いしました。

 

調停委員の人たちも、夫が何を言いたいのか

ファジーすぎて今ひとつわからない、と困っていました。

 

夫は裁判になることについては、それほど深刻に考えてないようでした。

でも離婚調停から裁判になる夫婦は1パーセント程度なのだそうですね。

 

帰りに弁護士さんに電話をして

後日打ち合わせに行くことになりました。

この弁護士さんとの不思議な出逢いについては

後日、記事に書きますね。

 

その後のメールです。

夫→私

「まだ歩み寄りができるから安心してください。

今回は私の希望を全て書いただけです。」

 

私→夫

「調停が不成立になったから裁判になります。」

 

夫→私

「裁判ならすっきりしていいですね。

裁判になれば公正な判断が下されれるのだから楽しみです。」

 

訴えられるのは夫で

DVの事実もあるのに

果たして公正な判断がされるのでしょうか。

 

 

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先日、3回目の離婚調停がありました。

 

2回目が10月でしたので久しぶりの調停でした。

というのも12月の始めに予定されていた調停は、

相手が「体調が悪い、インフルエンザかもしれない。」ということで、中止になってしまったので。

 

今回も嫌な予感がしていましたが、

やはり「体調が悪い、どうしても行かなくてはいけないか?」と電話があって、

調停委員が、どうしても来るように、と言って1時間半も遅れて来たのです。

なので、調停委員もあきれ顔で、「話も進まなそうね・・・。」と言って、

また、調停打ち切りの話や、裁判にした方がいいという話になっていたのでした。

 

ところが、相手がやっと来て、普通は片方30分は話をするのに、

10分もしないうちに私が呼ばれたので、どうしたのかな、と思ったのですが

「離婚に応じるそうですよ。」と言われて、

あまりにあっさりしていて、気が抜けてしまいました。

 

条件として、養育費の金額を少なく、とか親権は相手、監護権は私、

みたいなことを言っていました。

細かいことは、3月の調停で話し合うことになっています。

 

私が絶対に元にもどらない、というのが分かったとのことで、

「離婚はやむを得ない」という言い方だったそうです。

なんだか、少し、相手がかわいそうになってしまいました。

 

でも、結婚前に一度、やっとの思いで別れた時に

嘘に嘘を重ねて私の同情を引いてきて

それをかわいそうと思い戻ってしまったので

今は同情の気持ちを持たないようにしなくては、と思っています。

 

退去命令、接近禁止命令の期限が、

今月いっぱいで切れてしまうので相手がいきなり家に帰って来たり、

電話をしてきたりしないか、心配なところもありますが...。

 

マリア様にも、ツインの彼からも

最後は相手に感謝をして別れなさい、と言われていますが

やっと少しそういう気持ちになれそうです。

 

今回はマリア様が「私も一緒に行きます。」とおっしゃったので、

マリア様の像と写真、そしてツインの彼の気持ち、と一緒に望みました。

 

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離婚調停2回目

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2回目の離婚調停では夫は冷静で、こんなことを主張してきました。

現在、DV裁判で接近禁止命令が出ているため、2月まで私や子供と話ができない。

突然、退去命令によって家を追い出され、私とも子供とも私の親とも話ができないまま

一方的に離婚調停を申し立てられ納得がいかない。

接近禁止命令が解除された後、私と直接話し合いたい、そこが離婚へのスタートだと。

前回の離婚のとき、子供と話をしないまま離婚し、子供を傷つけてしまったので

今回は慎重に進めたい、ということでした。

 

結局2回目の調停でも、私は離婚したい、夫は離婚したくない、で話し合いが一方通行なため、

またも調停打ち切りの話になりました。

肝心な離婚の話よりも、調停を続けるか打ち切るかの話ばかりでした。

私が調停続行を強く希望したため、裁判官の意見を聞いて、調停継続の可否を決めるとのことで

私は別室で待っていたのですが、結果は調停続行でした。

 

裁判官がとても話のわかる人で、私が作った96枚の資料を評価してくださり

私の離婚に対する意思の強さを認めてくれて、調停続行を決めたようでした。

 

先日、担当の警察官にも言われました。

私の場合、普通なら絶対に退去命令が出るケースではなかった、と。

なぜなら退去命令は普通、2ヶ月間夫が家を出ている間に妻が引っ越すための時間を与えるもので

夫を追い出すためのものではないから。

私の場合は私の実家に住んでいたので、私が引っ越す訳にもいかず、

このように夫を追い出せたというのはありえないことだそうです。

 

退去命令といい、調停の続行といい、私は守られているんだな、と感じます。

大きな流れが私を相手から引き離す方向に持っていってくれている、

そんなことをあらためて実感しました。

 

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離婚調停1回目

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ご報告が遅くなりましたが、2回の離婚調停が終了しています。まずは1回目のことから。

 

離婚経験者であり市役所の戸籍係だった友達のアドバイスに従い、

調停委員に見てもらうために作った資料は96枚になりました。

資料には、今まで夫にされてきたことを全て書きました。

そのおかげで私の離婚への決意が固いことを調停委員に理解してもらうことができ、

話はスムーズに進みました。

 

もともと夫はバツイチで、今回が2回目の離婚になります。

夫は離婚していると嘘をついて私と付き合っていたため、

私たちの結婚生活は、夫と前妻と私の3人が役所に出向き、

離婚届と婚姻届を同時に提出するという異常な始まり方でした。

これについては友達も驚いて、

「戸籍係を長年していて、いろいろなケースを経験してきたけど、そんなことは聞いたことがない。

きっとその役所で語り継がれていると思うよ。」

と言われました。

夫と付き合っている間、何もかもがそのような感じでした。

 

調停の進み方ですが、調停委員ふたりと書記官ひとりが私から30分話を聞き、

次の30分は夫から聞く、これが2回繰り返されました。

夫は離婚したくない、酒はやめる、反省している、乱暴なことはしない、と

泣きながら「離婚したくない」の一点張りで話が進まなかったそうです。

泣いたと聞いてもあきれるだけで、一切情もわきませんでした。

それよりもこんな人に苦しめられてきた自分がバカみたいに思えてきました。

 

調停は双方の歩み寄りが大切なので、

片方が離婚したい、片方が離婚したくない、では話にならないため、

早くも調停打ち切りの話が出ました。

そうなると裁判にするか、時間を置いて再度調停を申し立てるかということになるそうです。

離婚調停では、いかに調停委員の同情を誘うかがポイントと聞いたことがあるのですが、

まさか相手が泣き落としで来るとは思いませんでした。

また、調停委員の人も早く私の案件を切り上げたそうに感じられ、

少しがっかりする始まりになりました。

 

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DV防止法 ③

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保護命令の判決を書いた書類が夫の元に届いたのが8/2のことです。
判決は7/30に出ていますが、書類が相手に届いた時点で効力を発します。

書留を相手が自分で受け取りましたが、全く動揺する様子もありませんでした。

 


書類にこんな風に書かれています。

1 相手方は、本決定の送達を受けた日から起算して2ヶ月間、
  別紙住居目録記載の住居から退去せよ。

4 相手方は、本決定の送達を受けた日から起算して6ヶ月間、
  別紙子目録記載の申立人の子らの住居、就学する学校
  その他の場所において当該子らの身辺につきまとい、
  又は同人らの住居、就学する学校その他その通所所在する
  場所の付近をはいかいしてはならない。

 


それでも、いつもと変わらず、子どもと遊び、外食するからと出かけて行きました。

私はといえば、私って鬼なんじゃないか、って泣きました。
負けてしまいそうな自分がイヤになります。
でも相手はあまりにもズレているのです。

 

 

翌日、退去する日を尋ねるメモを相手の部屋のドアの前に置きました。
無視されました。今までも、いつもそうでした。
自分に都合の悪いことは、聞かない、考えない、無視する。


でも今回は警察も動くというのに、やっぱり事の重大さをわかっていないようでした。
なのでダンボールに大きい字で
『ちゃんと読んで。保護命令に従わないと逮捕・前科になります。』
って書いて、置きました。それでやっとメモを読んだようです。

 


その後もらった返事です。

引越しについては
「まさか退去命令が出ると思っていなくて、近隣を探していたので
場所を含む検討が必要です。1週間後の期限でお願いします。同意してください。」

子どもについては
「最低でも電話すること、会うことを望みます。」

あれだけはっきり書いてあるのに、
判決の内容を理解していないのか?という返事でした。


 

裁判所に電話をして、夫のあまりの無関心さについて相談しました。

通常引越しに要する期間(3日間が目安)の後に速やかに退去しなくてはいけない、
1週間後なんてとんでもない、と言われました。

裁判所に夫から電話をさせ、退去の期限を書記官から伝えてもらったのですが
それでもなお、退去には時間がかかるから、あとで警察に相談してみる、
と加害者なのに、のん気なことを言っていました。


警察にも確認したところ、

警察は裁判所から正式な書類が届き次第動きます、ということでした。

 

 

その日の午後、最寄の警察の生活安全課長から電話がありました。
裁判所から正式な書類のファックスが届いたので
さっそく相手方に警告しましたという報告でした。


この課長さん、ドラマに出てくるような、かなり厳しく怖い印象でした。
相手もこれにはさすがに驚いたようで、とっさに嘘をついたようです。

朝、普段どおり会社のかばんだけ持って出かけたのに、
実家から通っていますと言ったそうです。

平気で嘘をつける人なので、とっさにそんな言葉がでたのでしょうが、
警察が私に確認しないとでも思っているのでしょうか。
それは嘘です、と伝えて荷物をどうするのか相談しました。

 

 

荷物を取りに来ることももう許されないそうです。
保護命令を履行するということは、
家には戻れない、戻れば違反、警察に連れて行きます、ということだそうです。


出て行ってくれるのか、心配していましたが
それ以上にこの決定というのはとても大きな力を持っていました。
私の手を離れて、一気に動きだしたという感じです。

 

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DV防止法 ②

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DV裁判を起こすきっかけとなった暴力があった日から50日。
長い長い50日間でした。
その間、もうだめかもと何度も思いました。

 

裁判官に理解してもらえない、って泣いたこともありました。

 

命にかかわる、緊急性のある裁判だから、
相手方が出頭した日に保護命令が出ますと説明されていました。

それなのにその日に出なかったのです。
勝ち誇ったように知人に電話をする夫。
私に聞こえるように電話をする夫の声を聞きながら
夫から逃れて自分の部屋から出ることもできない私は
とても惨めな気持ちになりました。

 

だから私にもう一度来るようにと裁判所から連絡が来たとき
どうせ保護命令が出なかったことについての説明かなにかだろうと思い
それならもういいや、もう行くのはやめよう、って思っていました。

 

それでもなんとか裁判所に行き、裁判官と満足がいく話ができました。
休憩をはさんで戻ってきた裁判官が、判決は1週間以内に出します、
と言ったとき、えっ??と耳を疑いました。
まだ判決は出ていなかったんだ、って本当にびっくりしました。

 

保護命令が出たことで、ひとつの区切りになりました。
でも、これからが新たなスタートです。
次は離婚という目標です。
保護命令が発令されたことも追い風になるはずです。

 

離婚は男性より女性のほうが10倍大変な思いをすると
経験者である友人から聞きました。
それでも今回、無理だとあきらめかけていたことが実現したことが
これからの励みになると思います。

 

『的を射るには練習が必要』
今回のDV裁判と離婚調停を始めるにあたり
私のガイド様からいただいた言葉です。

 

これからも立ち止まってしまうことがあるかもしれません。
でも的を射るためには、あきらめず、何度もトライすることが必要なのだと思います。
的に当てるのは自分なのです。

 

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DV防止法 ①

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神様にお願いするとき、期限を決めてお願いするのも効果的
と聞いたことがあります。
ハワイに3週間滞在したとき、帰国日までに、ってお願いして
飛行機を降りた瞬間に叶った、ということがありました。
今回、月末までって期限を決めていたことが叶いました。

 

今日は私にとって大きな節目の日となりました。
7/7にDVに関する保護命令の申立てをして
今日、申立てが認められました!
保護命令が出ました。

 

離婚調停中の夫はDV夫です。
知り合ってから20年、結婚してから10年。
逃げることもできず、心を殺して生きてきました。

 

きっかけとなる暴力があったのは6/11でした。
メアドを変えただろう、という言い掛かりをつけられて
「おまえ、殺すぞ」と言われました。
あまりの恐怖に持病のパニック発作が出て
呼吸困難、震え、涙、冷や汗、が1時間続きました。

私の場合は通常15分ほどで発作は終わります。
それが1時間続いたということは、どれだけ恐怖が大きかったのか。
パニック発作で死ぬことは絶対にありませんが
死ぬかもしれない、という恐怖を味わう発作です。

 

『保護命令が適用される被害者』はこれまで身体的暴力を受けた人に限られていましたが、
法改正により『生命等に対する脅迫』を受けた人が対象となりました。
今回の私のケースがそれにあたります。
生命・身体に危害を加えることを告げて行う脅迫、つまり「殺す」などの言葉で脅迫することです。
DVには性的暴力や精神的暴力も含まれますが、保護命令の対象にはなりません。

 

それまでの私はDVに関する知識がなく、
むしろ夫のほうが実の妹がDVに苦しんでいることもあり、かなり詳しかったと思います。
妹の夫にDVをやめさせるための話し合いの場を設けたりしていました。

まさか自分がしていることがDVだなんて思わなかったのでしょうね。
夜の生活の強要で蹴られたことが5回ほどありました。
夫は空手の有段者です。
自分自身が凶器になりますから裁判ではそこの部分もポイントだったのではないかと思います。

身体的暴力を受けた回数は少ないけど
こんなところを見られたら殺されるかもしれない、という恐怖を常に感じていました。
これは裁判官に聞かれても、どうしてなのかうまく答えることができませんでした。

 

でも長年一緒にいたからわかることってありますよね。

テレビを見てるとき、ストーカー殺人やその他の事件に夫が妙に共感していたとか。
ドラマを見て、俺なら殺してる、って言ったり。
そんな何気ないひと言を聞いて、夫の普段の言動を考えると、
この人ならそうしかねないと思うのです。
その積み重ねで、殺されるかもしれない、という恐怖を植えつけられたように思います。

たとえば会社の忘年会で、酔った男性にからまれることがありますね。
その時私が感じるのは、この人やだ、ではなく
こんなところを夫に見られたら殺される、という恐怖でした。

 


確かに義妹の夫の身体的暴力は激しく、
蹴られて窓の外に落とされて、うちに避難してきたときには、
太もものほとんどの部分がどす黒いアザになっていて、
私が証拠の写真を撮り、病院に行かせました。
その時の私にDVの知識があれば義妹にDV裁判を起こすことをすすめたのに。

 

 

夫は妹のために、DVについてそれは熱心にいろいろと調べていました。

なので「殺す」という言葉に私が反応したとき、
「お前、その言葉に反応して騒ぐなんて卑怯だぞ。」と言ったのでした。 


 

ここに私がこんなことを書いているのは
これを読んだ方が少しでも行動を起こす勇気を持ってくれたら。
そんな願いからです。



 

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アダルトチルドレン

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アダルトチルドレンという言葉を聞いたことがありますか?

幼い頃から親の正当な愛情を受けられず、身体的・精神的虐待を受けて大人になり、

社会生活に対して違和感を感じたり、子供の頃の心の傷に悩み、苦しみをもつ人たち、のことです。

私がそうなのですが、父もまたアダルトチルドレンです。

酒乱だった父親(祖父)、耐える母親(祖母)、貧乏な家庭。

母親のために、小学生の時からアルバイトをしていました。

極度のマザコンなのは、父親にいじめられる母親を見て育ったからなのでしょう。

父と結婚する前、母が父の家に行ったときのことです。

祖母は買い物に出ていて、なかなか帰ってきませんでした。

いらいらした父はテーブルの上にあったバナナを、全部にぎりつぶしてしまいました。

それを見た母は恐ろしくなりましたが、そこでおかしいと思うことができなかったのでした。

母もまたアダルトチルドレンです。

母は父親(祖父)の顔を知っているのですが、父親は外ですれ違っても娘の顔がわからない、

そんな複雑な家庭に育ったのです。

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3才の記憶

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3才のある日の記憶。

父は旅行で留守でした。

私は母に言いました。

「おとうさんがいないと、せいせいする。」

3才の子どもに、いないほうがいいと言われるほど、

父親は私に何をしていたのか。

その頃から虐待は始まっていたのでした。

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